【市民活動】

市民活動(しみんかつどう)とは、市民が自らの価値観、信念、関心に基づき、自分たちの生活とコミュニティの貢献を目的に、自発的に行う活動。社会運動の一環と考えられています。

医療、福祉、文化、環境、国際協力、政治参加、人権擁護、教育と、その活動の幅は広い。素人の一市民が団結して活動を行い、NPO・NGOを組織する場合もあります。学校、教育現場でも市民活動におけるボランティアへの参加を社会教育的な意味から推奨する傾向は強く、授業の一環に取り入れています。大学、短大でも市民活動への参加を卒業単位として認めているところもあります。住民運動とも呼ばれることがありますが、住民運動では地縁によるつながりがより重視されています。

他方で、個々の市民活動に対して問題点もあげられています。市民活動としての公共性を主張するためには代表性、公益性についての評価を要しています。

代表性の問題とは、市民活動において、市民の名で行われるものが、常にすべての市民を代表するものとは限らず、市民活動が特定の市民の意見(いわゆるノイジー・マイノリティ。主張する少数)によって活動が誘導される可能性を指摘したものです。


公益性の問題とは、活動の受益者がどの範囲に及ぶのかという問題です。直接的受益者、間接的受益者(正の外部性の受益者)を含めて議論されます。たとえ、活動による直接的受益者が限定されていても、広範な間接的受益者(正の外部性)があれば、公共性が容認される場合があります。

しかし、市民活動自体、完全に無党派中立的な公共的活動ということはできません。誰がどこでどういう手順で、活動する人たちに自分たちの代表として「市民活動」を名乗ることを供託したのか、またその共益が配分されるのは市民全体の利害が絡んでいるのか、それとも一部の市民なのかといった点(手続きの正当性、代表性、公益性)を検討していくと市民活動という名目の背後には、特定の商業的・政治的利益関心を持った多様な集団の存在が見出されるケースもあります。市民活動全般に画一的な評価を当てる事は不可能であり、それぞれの活動に対し、目的(真意)、背景、個々の活動に基づく評価が必要とされます。

活動資金に関して、市民活動を行なう上で資金は当然必要である。基本的に市民活動の資金源は個人や団体による寄付金ならびにボランティアなどによる無償、有償安価の労働力の提供によって賄われます。

自治体が特定の活動につきボランティアを募集した場合などは、交通費などを、最低限の必要経費として支給することもあります。また市民活動支援施策として、自治体が活動の一部を資金的、物質的に援助することも多い。しかし、日本におけるその市民活動の規模と資金力は後述の欧米などと比べると極めて小さい。これはアメリカにおいて非課税である個人・団体の市民活動への寄付が、日本では課税されるという点が市民活動を発展を妨げていると指摘する研究者もいます。

【プロ市民】

プロ市民(プロしみん)とは、以下のような造語です。 1. 「自覚・責任感を持つ市民」(=プロ意識を持つ市民) 2. 一般市民を装い市民活動と称しているが、実質的には営利目的または別の目的を持つ政治活動家を指し、その行為を批判する際に用いられる2ちゃんねる用語 「自覚・責任感を持つ市民」としての「プロ市民」は、佐賀県鹿島市長・桑原允彦が考え出した造語であるとされ、鹿島市の総合計画にも見受けられます。 政治にもっと関心を持とう、地域密着型の活動を通しプロ意識を持って政治や地域活動に参加する市民になろうという運動や人々を指す言葉であったとされていますが、ネガティブな使われ方としての「プロ○○(○○の部分には職業等の名前が入る)」という造語が使われることはこれ以前からも度々あったので、さほど特殊な用語ではありません(総会屋の別名である「プロ株主」がその好例)。 2ちゃんねる用語としては、「左翼活動家の隠れ蓑」あるいは「市民活動で利権を得る者たち」を意味するレッテルとしての「プロ市民」があります。 つまり「アマチュアのふりをしたプロによる偽の市民活動」というような意味合いです。この言葉は2001年8月に匿名掲示板2ちゃんねるのマスコミ板に立てられた「市民団体にふさわしい名前を…」というスレッドにて誕生したとされていますが、異説もあります。 また、こちらの「プロ」はプロフェッショナルの他にプロレタリアート、プロパガンダもかけているとの説もあります。 また漫画家の小林よしのりは、『新・ゴーマニズム宣言』において「プロ市民」という言葉を用いています。これは、彼が大きく関わった薬害エイズ裁判において、“原告支援団体が次第に労働組合や、日本民主青年同盟などの左派組織に乗っ取られ、結果団体から追い出された挙句にバッシングまでされたためである”と主張しています。 この経緯については、『新・ゴーマニズム宣言スペシャル 脱正義論』に詳しくあります。その後、慰安婦問題などでの左翼活動家たちの暗躍を目の当たりにした小林は、「プロ市民」という言葉を多く用いるようになりました。 ジャーナリストの清谷信一は「プロ市民団体」と「普通の市民団体」をメディアはしっかりと分けて伝えるべきだとし、また「右翼団体」の抗議の場合は「右翼団体」として報道されるのに対し、「プロ市民団体」「左翼団体」は単に「市民団体」と報道される矛盾を指摘しています。 市民活動とは、政治についての知識をある程度身に着けている者、若しくは初心者が、問題意識を持って政治などについて議論や集会などの活動を行うものですが、プロ市民という際、その活動者の活動を「特定グループに属する市民・党派や、特定のプロパガンダ、外国勢力などのために利益誘導の活動を行っているのであろう」とみなした者が、否定的文脈において用いています。この「プロ市民」は、プロ株主の持つ意味合いに近い。 「特定グループに属する市民・党派や、特定のプロパガンダ、外国勢力などのために利益誘導の活動を行っている者」と捉えられる限りにおいて、職業的アジテーターや工作員のほか、職業として市民活動と関わる弁護士(特に人権派と呼ばれる弁護士)・政治家・学者であってもプロ市民とされることがあります。 なお、欧米諸国によく見られるように、政府の政権交代の度に政府上級官僚とNGOあるいはNPO幹部との間で大規模に人的流動が起きる社会では、社会のエリート層として受け止められている市民セクタのプロフェッショナルという階層が存在します。 彼らは自らの主義主張と合致しない政権の時期にはNGO、NPOの幹部、専門性の高い部署の活動家として活動し、主義主張の合致する政権が成立すると、政府の上級官僚として迎え入れられて政府スタッフとして活動します。 しかし日本でいうプロ市民は、市民セクタのプロフェッショナルとしての活動をしているものではなく、政治活動目的あるいは新聞の紙面づくりのために活動しているものを指しています。 日本社会でこのような階層が成立せず、社会の非主流的異端者として揶揄される「プロ市民」概念が生じた背景には、近代社会の成熟の過程で官僚社会の閉鎖性が高まったこと、また第二次世界大戦後の政治・思想・言論の分野で戦勝者であり占領政策を通じて日本社会に強い影響を及ぼしたアメリカ合衆国の存在、東西両陣営の国際的対立、第三世界の錯綜した関係性の中で、複雑なねじれ現象(例えば反米ナショナリズムの要素の強い左翼に、近代国民国家的中央集権主義の要素を抱えた保守といった)をはらむ「保革対立」の構図が演出されていった歴史が深く影を落としています。

【扇動者】

扇動者(せんどうしゃ)は、市民や大衆の中にあって、特定のイデオロギーや政治的な意図に基づいて、突発的な大衆行動を率先して指揮したり、選挙運動で特定の政治グループに有利になるような世論形成に向けて活動したりする人。アジテーター(agitator)ともいいます。 演説や文章の発表を通じて、多くの人に対して自己の意図する政治的行動などを行うよう呼びかけ、活動を盛り上げるよう仕向けます。必ずしも自らが実際の行動の中心的役割を果たすものではなく、むしろ他の多数人によって実際の行動を行わせることで目的を遂げようとします。有能な扇動者は、多数の人を同調させて大きな社会的変革を起こすことができます。 扇動の結果、過激な実力行動を招いたり、集団心理によって十分な考慮の無いまま不合理な政治的意思決定を行わせることもあります。歴史上の事例として、古代ギリシアにおいて衆愚政治の原因となったとされる扇動的な政治指導者のことを、デマゴーグと呼びます。

【デマゴーグ】

デマゴーグ(独: Demagog)は、古代ギリシアの煽動的民衆指導者のこと。古代ギリシア語では δημαγωγός (デマゴゴス)と言う。日本においては主に、意図的に虚偽の情報を流し、嘘をついて人を扇動しようとするさまを指してデマゴーグと批判として用いられています。 語源は「民衆 (δῆμος / dēmos) を導く (ἄγειν / agein)」であり、本来は民衆指導者を指しますが、アテナイではペリクレスの死後、クレオンを初めとする煽動的指導者が続き、衆愚政治へと堕落しました。このことから「デマゴーグ」は煽動政治家のような悪い意味で使われるようになりました。また、彼らの民衆煽動はデマゴギー(独: Demagogie)と呼ばれ、煽動的な嘘や噂を意味する「デマ」の語源となったわけです。